前回は片鼻呼吸の中でも「太陽の呼吸(スーリヤべダナ)」と呼ばれる、右の鼻を特に意識した呼吸法のやり方と効果について詳しく解説しました。
今回は、左の鼻を特に意識した「月の呼吸(チャンドラべダナ)」について詳しく解説しましょう。
太陽のエネルギーを持つ右の鼻腔、月のエネルギーを持つ左の鼻腔
ヨガでは鼻の穴が重要な器官の一つであり、特にエネルギーの通路となっていることは前回ご説明した通りです。
軽く復習すると、私たち人間の体には「ナディ」と呼ばれる「エネルギーの通り道(中医学の経絡のようなもの)」があり、72,000本もあるとされるナディの中でも「スシュムナナディ」「ピンガラナディ」「イダナディ」の3本のナディが非常に重要で、この3本のナディを意識して呼吸法を行うことで呼吸法によるエネルギーを取り扱うことができると考えられています。
右の鼻腔は「ピンガラナディ」と言われる「太陽のエネルギー」を司っているエネルギーの通り道であるのに対し、左の鼻腔は「イダナディ」と言われ「月のエネルギー」を司っているエネルギーの通り道だとされます。
ピンガラナディとイダナディは第一チャクラと呼ばれる会陰のあたりから8の字を描きながら頭頂まで上昇していて、左の鼻腔を通ったエネルギーは眉間でクロスして右脳を通り、頭頂に向かって上昇します。
つまり、左の鼻腔を意識することは月のエネルギーを意識することであり、右脳を意識することと言い換えられるのです。
右脳の役割とイダナディのエネルギーが意味するもの
右脳と左脳はそれぞれ異なる役割を担っている、という話を聞いたことがあると思います。
ほとんどの成人は左脳が優位で、左脳には分析力、論理的思考、言語能力などの役割があるとされます。
一方、子どもや芸術家は右脳優位だとされ、右脳には空間認知能力、イメージ(映像)、瞬間記憶などの役割があるとされます。
小さいお子さんの知育では「右脳教育」が盛んに行われますし、社会人でも速読などを学んでいる人は右脳を使って取り組むことが知られています。
いわゆる「天才脳」と言われるのが右脳です。
また、月のエネルギーとされるイダナディや左の鼻腔には「女性性」「月」「落ち着き」「静寂」「マインド」など静的なエネルギーを司る役割があるとされます。
夕方から就寝が近づく頃にはほとんどの人が左の鼻腔が優位になり、「落ち着き」や「静寂」のスイッチが入ることでぐっすりと眠ることができると考えられているのです。
また、私たちの心身の健康状態を保つのに欠かせない自律神経系の中でも「副交感神経」と密接に関係しているのは左の鼻腔。
副交感神経は、血管の拡張、唾液の分泌、胃腸の働き、心拍数の低下、血圧の低下、眠くなるといった働きを担っていて、副交感神経が優位な状態とは心身がリラックスし緩んでいる状態だと言えるのです。
現代人のほとんどが交感神経優位で、副交感神経は低下気味
しかし、現代人の多くはこの副交感神経が低下傾向にあるとされています。
ストレスフルな社会生活を余儀なくされているだけでなく、スマホやSNSの刺激に耐えず晒されているのも副交感神経のスイッチが入らない要因の一つになっています。
人と競ったり、人と比べたり、誰かの目を気にして生きていることは常に交感神経のスイッチをオンにしているようなもの。
寝ているのに疲れが取れない、体のどこにも異常がないのになんとなく不調、便秘や偏頭痛、不眠、ストレス性のアレルギーなどのいわゆる「不定愁訴」も大抵この自律神経のバランスが崩れていることが原因とされ、中でも副交感神経がオンにならないことによって起こっているとされます。
つまり、現代人の多くが、「意識的にリラックスする」「意識的に副交感神経を優位にさせる」必要があるとされるのです。
この10年くらいでヨガのブームが起こっているのも、現代人の多くが抱える「不定愁訴」をヨガの呼吸法による「自律神経系」の調整で、緩和できる可能性が高いと考えられるようになっているからです。
特にこれからご紹介する左の鼻腔を意識した片鼻呼吸法「チャンドラベダナ」を行うことは、副交感神経系を優位にすることや大人になるほど使う機会が減る右脳の活性につながると考えられています。
左の鼻腔を意識した片鼻呼吸法「チャンドラベダナ」のやり方
- スッカアーサナ(安楽座)など、楽な姿勢で座ります。
- 目を閉じで呼吸を観察します。右の鼻が優位か、左の鼻の穴が優位か、呼吸の長さや量、呼吸に伴う体の動きを観察してください。ただ観察するだけで何かを変える必要はありません。
- 右手の人差し指と中指を手のひら側(内側)に折り曲げて、親指・薬指・小指だけを立てたら(ヴィシュヌムードラ)、親指を右の鼻腔に、薬指で左の鼻腔にセットします。左手は楽なポジションに置いておけばOKです。
- いったんゆっくり深呼吸をして整えたら、親指で右の鼻腔を塞ぎ、左の鼻腔から息を吸います。
- 息を吸い切ったら、薬指で左の鼻腔は塞ぎ、親指を離して右の鼻腔からゆっくり息を吐き出します。
- もう一度、親指で右の鼻腔を塞ぎ、左の鼻腔から息を吸います。
- 息を吸い切ったら、薬指で左の鼻腔は塞ぎ、親指を離して右の鼻腔からゆっくり息を吐き出します。
- ⑥〜⑦を5〜10セット、または3〜5分繰り返します。
厳密には、吸う息の数、吐く息の数、少し息が止まる時(クンバカ)の数をカウントして整えていく方法が正式ですが、ここでは「左から吸って右から吐く」を繰り返すことでこの呼吸に慣れることを最初の目標とし、練習を続けてください。
慣れてきたら4カウント(秒)で吸って、1カウント止めて、8カウントで吐く、最終的には息を止める時間を12秒くらいまで伸ばしていくように練習をステップアップさせていくと良いでしょう。
もちろん、基本の練習だけでも十分に効果があるので無理をする必要はありません。
左の鼻腔を意識した片鼻呼吸法「チャンドラベダナ」の効果
先に説明した通り、左の鼻腔や左脳には「女性性」「月」「落ち着き」「静寂」「マインド」「副交感神経」というキーワードやエネルギーがあります。
チャンドラとは「月」の意味ですが、左の鼻腔を活性する呼吸法は「チャンドラベダナ」と呼ばれ、どちらかというと月のような落ち着きのある静かなエネルギーを活性させる呼吸法ということになります。
興奮を鎮めめたい時、気持ちを落ち着けたい時、頭がパニックになっている時、せっかちになっている時、イライラしている時などにこの呼吸法を行うと心が自然に落ち着いてきます。また就寝前に行うことでも深い眠りに導いてくれるでしょう。
まとめ
左の鼻腔にこれだけの秘密があることをご存知だったでしょうか。
私たちはどうしても左脳優位、交感神経優位で生活をしています。
このチャンドラべダナを定期的に行うことで、神経系だけでなく右脳と左脳、心身のバランスが取れてくるのを実感できるはずです。
バランスが取れてくると体調はもちろんよくなりますし、あらゆる物事に落ち着いて、適度な距離感で取り組めるようになります。
雨の日でも憂鬱にならない、できないことにぶつかってもイライラしなくなる、苦手な人がいても気にならない。
小さいことですが、こういったこともバランスが取れてきているサインです。
ぜひ忙しい毎日の中に、3分のチャンドラべダナを取り入れてみてください。